真似することは、学ぶこと。

私は今34歳で、ダンスを始めたのが21歳の頃だから、2022年はダンスを始めて13年ほど経ったことになります。プロになったのが23歳だから、ちょうど10年を越えたかな?

フランス語には「カリカチュア」という言葉があります。日本語では、「模倣」や「まね事」、「まがい物」といったニュアンスで、時には化粧などが滑稽で醜い人、という意味になることもあります。

ダンサーとして10年以上も仕事をしていると、身体の声に耳を傾ける、というトレーニングというか習慣が身に付きます。今回は、そんな習慣の中でふと思ったことをシェアします。

私が個人的に、ダンサーとして大切にしている感性の一つには、「猫が床で遊んでいる時の仕草や、背骨の動き方を自分の腕で真似したり、真似しようと試行錯誤したりすることを愉しむ時間を大切にする」というのがあって、庭や道端で馴染みの猫とすれ違ったりする時には、時間を忘れて見ていたりもします。

真似をすることは、学ぶことでもあります。身体で何かを表現したり、向き合ったりするダンサーにとって、印象や驚きからくる感動や、真似から始まることって普通の仕事よりも多く、また精度の高さを問われるものでもあると思います。

だから、真似をするってことの精度は、まがい物にしたくない。

そんな風に思って、解剖学の本を読んだり、リリーステクニックのクラスのビデオやTrishaBrownの作品の過去のビデオをYouTubeで何回も観たりして、自分なりの精度の高さ、要求の正確さを突き詰めていきます。

身体の動きを観察して、デッサンを書いて、メモを取り、また翌日は気になった部分を繰り返し再生したり、フロアに少し出て転げ回ってみたり。

そんな繰り返しの中で、足の関節の頭、奥の細かい筋肉が、より大きな動きや表現の出どころになっていると気がついた時は、身体の動きが僅かに変わって、楽に動けたり、呼吸が軽くなったりして、決して終わりのない「真似」することから学ぶことの多さ、深さを日々感じて精進しています。