月収30万は可能か??アーティストの給料がなぜ高く、職人は低いのか?お金の仕組みを勉強しよう。

28年も住み慣れた日本を出て、フランスって国で日本人のフリーランスとしてアーティストとして生活をするって、楽しいことも大変なことも、時には、10倍、100倍になったりします。そして、日本で働いていた時の月給を蹴ってフリーランスになり月収も同じかそれ以上の水準まで1人でもってかなきゃいけない。

だから、どうやってマネタイズすればいいのか?月収30万円の壁をどうやったら超えられるのか??それを常に考える脳みそがメキメキ音をたてて鍛えられる。

自分のお財布にお金が集まる仕組み、そして使われる理由、ゼロからのつくりかた…etc, これらは学校では決して教えてもらえません。ですが、そこにはハッキリとした理由と、仕組みが存在するんですよね。

社会でお金を回す?

「お金」という存在は、私たちの人生と密接に関わっています。

誰もが、必ず、触れた事のあるものです。そして、その存在が社会に絶対必要な「価値」のあるものとして私たちは無意識のうちに刷り込まれています。

最も危険な勘違いは、その「お金」を「使う」方法だけ知っていれば良いだろう という、学校の先生(彼らも同じような教育しか受けていないのでしょう・・・)の言ったことを100パーセント鵜呑みにしてしまうことです。

幸い、現在はインターネットをはじめ、あらゆる手段で「情報」を手に入れることができます。正しい「価値」を見出すことは、十分に可能ですから、疑問を持ったシンプルな事柄をとにかく丁寧に調べてみてください。

知らなければならないのは、私たちの生きている社会の構造は既に大きな「山」のようになっている。ということです。これはいわゆる権力のピラミッドと呼ばれます。

その実態は、 極々少数の「権力者」が、圧倒的多数の「労働者」「従事者」を支配しています。そのすがたは、国や歴史によってさまざまです。

たとえば、日本人は古来より、多くが農耕(畑仕事)で生活を立てていました。 畑を耕し、野菜を作るのには非常に手間と時間が掛かります。ですから、その畑を守るために「家族」という小規模な社会を形成しました。

これは、畑という「財産」守り受け継いでいくための知恵です。 畑で採れる作物は、現代の様な大規模な「輸送」「保存」の手段がありませんから、身近な他の方達と「シェア」したり「交換(対価交換)」したりします。

交換に必要なのは、食料の「適正」な「交換比率」です。どちらか一方が損をしない為に「等しい価値」での「交換」をするわけです。 これを「等価交換」といいます。

このため、日本の文化は、基本的にみんなが「横並び一列」状態だったのです。お互いがお互いの「価値」を補い合う、理想的な社会構造でしょう。

ちなみに、これを勘違いすると、昨今の様な「競争」や「順位」といった基本的な生存力を損ねる教育に繋がってしまいます。みんなが「横並び一列」になることは、全員が全力で「生きる(貢献する)」ことに貪欲になったために成立したバランスです。

これが、日本独自の「おもてなし」という精神の原点だったのです。 つまり、「お金」は「感謝」によって生まれるもの。ということを、日本人はそもそも「身体感覚」で分かっていたんです。

お金で買えるものを、変える。

「お金」は生きてるだけでは無くなりません。 必ず、何かしらの「対価」を得ることで消費されています。はるか昔であれば、それは「食料」や「水」といったもの同士の交換でした。

それが、「お金」に姿を変えたのは、ワケがあります。

すごくシンプルに考えると、まず、生存し続けるために「食料」や「水」が必要です。

そして、より効率的に、より楽をして、生き延びる方法を学び始めます。 このため生まれた知恵が「食料」を「保存」すること。でした。 ですが、常に大量の「食料」を持ち歩き続けることは出来ませんし、時間が経てば「食料」は食べられなくなり「価値」を失いますよね。

さらに、畑そのものを「失って」しまったり、作物を「盗まれて」しまってはという不安から、「守る」ための手段を探し始めます。

その結果、 より簡単に移動できる「小さくて(コンパクト)」、「時間」や「環境」によって「価値が下がらない」ものを世界中の人間が探って見つかったのが、 「金(きん)=ゴールド」でした。

金は、価値が不動(世界的認識で、希少・等価)なため、非常に便利な代物ですが、絶対的な数が足りません。 そこで、「お金」が生まれたと考えられます。

実はこんなシステム

「お金」って仕組みは、シンプル。 省略してご説明すると「砂場の砂」という感じ。

子どもに還ったつもりで、イメージしてみてください・・・ 「砂場」に「砂山」があったとしましょう。 そして、 その砂山を二つに分けると、大きさが半分に変わります。

その砂山が沢山あればあるほど、ひとつひとつの砂山は小さくなり、 全部集めれば大きな砂山になります。 これがお金の「物体」としての側面です。

この砂は、一粒一粒の重みが皆んな均一な乾いた状態です。

ですから、同じ砂の量で2つの山を作れば、全く同じ山が出来ます。そして、「砂場」に雨が降ったとしましょう。

すると、水を含んだ砂と、そうでない砂の重さは変わります。

ですから、同じ砂の量を使って山を2つ作っても、 水を含んだ砂の山と、そうでない砂の山は、 違う重さになってしまいます。 これが、いわゆるインフレやデフレといった現象の正体です。

同じ量の「砂=お金」を使った筈なのに、「重さ=金額」に差が出来てしまう状態です。 そして、砂場に雨を降らせたのが、 金融(きんゆう)システムです。

金融システムとは

「お金」が増えたり減ったりする仕組みは、「金融システム」が握っています。

 

1円以下のお金についてご存知ですか?? それは、1銭や1里といった金額のことです。

お爺ちゃん世代のお話ですから、僕も直接は見たことがありません。なにせ明治時代や昭和時代のお話ですから・・・ 明治時代、1銭が現在の200円程の値段でした。

ですから、1円は2万円に相当します。 ちなみに、

・カレーライス 7銭 1000円以上
・米10キロ 1円13銭 2万2000以上
・あんぱん 1銭 200円
・ビールの大瓶 19銭 約3800円
・公務員の初任給 50円 1万円
・自転車 200円 400万相当

かなり驚きの額ですね。。。( ゚д゚)ェェェェ!!?

ここで変化しているのは、「お金」の「量」ではなく「金額」です。

砂場の例で言うと、「重さ」に相当します。 この「金額」を左右するのが、砂場に降った雨=金融システムです。

金融システムは、「砂場」の「砂」の量を調整します。 つまり、「世の中」の「お金(紙幣・硬貨)」の上限数です。 一般に、お金を借りると「利子(りし)」がつきます。

お金を貸し出すサービスに対しての対価ですね。ですから、お金の貸し借りを繰り返すうちに、段々と雪だるまの様にお金を集め始めます。そして、最終的には、一箇所にお金が集まってしまいます。

すると、世の中のお金の流れが止まってしまうので、「金融システム」は「雨」を降らせて砂の重みを変えることで、大きな砂山と小さな砂山それぞれの価値を同じ状態に保とうとします。

これが「お金」の「仕組み」としてのメリットであり、デメリットでもあります。 デメリットとは、砂の全体の「量(=上限)」と「重み(=値段)」のバランスを失ってしまうと「お金」は信用を失いただの紙切れになってしまうことです。

金塊1キロに結びついている、紙切れとしての「価値」は「信用」という紐で繋がっています。その紐の数が多すぎても少なすぎても、ダメってこと。

アーティストの「仕事」の正当な報酬は?

私たちが日常で使っている「お金」は、実はとても不安定で、それそのものは、煮ても焼いても揚げても干しても食べられない「紙切れ」です。ただの「物体」です。

そこに「価値」が生まれる瞬間、をキチンと把握することが大切です。そのためには、 「お金」がそもそも何故必要になり生まれたかを知る必要がありました。 

そして、そこに「役割」や「仕事」といった社会に対して「役にたつ=貢献する」機会を見出し、「感謝」される事で「お金」という結果に繋がる。

プロダンサーとして世界中で仕事をしていると、実に様々な人種の方に出会います。 その中にあって、日本人は「集団行動」と「尽くす」ことにおいてはトップレベルの才能を秘めています。

それくらい、誰かの為に「身体」でこたえることに秀でた文化・歴史を持っています。 でも、その習性を利用する側に回った「搾取する側」は、今でも確実に存在します。

その存在にただ利用され続け、振り回され続けない、本当に「幸せ」だと思える人生を見出すには、一人一人に与えられた「身体の感性」をもっともっと磨く文化、教育が必要だと改めて考えました。

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