プロダンサーとして生きる、僕の人生観を綴るよ。

 

dancerここでは、僕の個人的な「生き方」について綴ろうと思います。

ですので、非常に解りにくい表現が多分に含まれるかもしれません。

箸休め程度に読んでいたければ幸いです。

プロダンサーとは?

プロダンサーという仕事は、ある「孤独」が付きまといます。

常に「身体」を磨き続ける為の「孤独」です。
これに対する恐怖からは、決して逃げることが出来ません。 なぜなら、自身の「身体」が「商売道具」だからです。 純粋に言えば「ダンサー=踊ること」なので「踊って」お金が貰えれば、誰でもプロになりえます。(多少のハンデや、障壁はあります。人によって定義も違う。)

「踊れても」プロになれない人もいる。

プロダンサーは常に「身体」と「才能」と「運」が必要になるからです。 僕がダンサーになろうとスタートを切ったのは、18歳、大学生になってからでした。 それまでは、プログラマーを目指して挫折し、何もやりたい事が見つからないプチニートでした。大学に入ったばかりの頃は、ただ漠然と、 [speech_bubble type=”std” subtype=”L1″ icon=”jin001.jpg” name=”ジン”]「あぁ・・・こうやっていつの間にか死ぬのか・・・」 [/speech_bubble]  と毎日毎日、グダグダしていました。(無事卒業する事が出来ました。)
そして、プロダンサーになったのは、23歳の時。
遅くスタートしたので、怪我(産まれ付き少し足の骨が細かったので、疲労骨折し2年間以上リハビリを続けた)を痛みと共に過ごす事もありました。 そして、分からない事だらけ(というか何も知らなかった)+周りの女の子達は既に十年以上はクラシックバレエなどを踊っている子達という環境に飛び込んだお陰で、死に物狂いで努力するしかありませんでした。 一般的には、あまり知られていない事ですが、バレリーナ(クラシックバレエのダンサー)になりたい女の子は、早ければ「3歳」くらいから「バレエ」や「体操クラブ」などに通ったりして稽古を始めます。 骨格(身体の骨組み)そのものを「バレリーナ」に育てる必要があるからです。 ダンサーという「生き方」を「お金」に出来るのは、数知れない地道な努力をし続けた人の、ほんの一握りの人間だけです。光を浴びた華やかな舞台に上がる為には、数かぎりない「孤独」を経験した僅かな人達と言えます。 僕は、幸いにして少しばかりの「運」と、小さいけれど恵まれた「身体」、そして「孤独な努力」を続けられる「精神力」に支えられてプロに成りました。

プロダンサーの生活の殆どは、地味なもの。

常に一人で「身体」と向き合い続ける「孤独」が待ち構えています。 さらに、「生きる」ために「お金」を稼ぐには、収入は基本的に低いです。 純粋に「踊る」事だけで生涯食べていける人間は恐らく居ないでしょう。 なぜなら、「身体」には「物体」としての限界・寿命があるからです。 僕は、近しい家族や友人に「サラリーマン」や「OL」といった一般職の方が居ません。なので、そういった方々の日々のご苦労は、想像できません。

今を必死に、一所懸命に生きているだけ。

「好きなこと」を「仕事」に出来るなんて羨ましい!!なんてことを良く言われますが、僕たちプロダンサーは決して「好きなこと」だけをやって生きている訳ではないんです。 やりたく無い事、苦手な事、言いたく無い事を言わなければいけないのは、同じです。 むしろ、ライバルを蹴落とし、同じ釜の飯を食った仲間を蹴落とし、友達が怪我で止む無くリタイアするような事も日常茶飯事なので、精神的にもかなりハードです。
「好きな事」を「仕事」に出来るのだから幸せ。なんて、正直思えません。

ダンサーを目指した理由

僕がダンサーを目指した理由は、物心ついた頃から「身体」を「観る」のが堪らなく好きだったからです。 父親が芸術家肌の人間だったので、子供の頃から絵に囲まれ、ヌードデッサンや絵画も日常的に良く目にしていました。幼少期、既に本屋でアヤシイ本を普通に立ち読み出来るレベルでした。 そのおかげで、「身体」を「商売道具」にする素養が育まれたわけです。

プロダンサーを続けるには?

前述の通り、僕の仕事は「身体」と向き合う「孤独」が付きまとう職業です。 何か表現したいモノ・コトがあると、それをどうすれば「身体」で「表現」出来るのかをひたすら考え、それを実現するための「努力」をします。 キャリアの浅い僕が言うのはおこがましいですが、プロダンサーの資質は日常の些細な出来事を、如何に注意深く「観察」し続けることが出来るか?が生き残りを分ける大きな分かれ道になると思っています。
つまり、心の解像度の高さ、低さっていう基準があります。

優れた資質を持ったダンサーは、「心」の解像度が高い

プロダンサーの「孤独」は「舞台」に上がってお客様の心の「鏡」に照らされることで、己の存在価値を認められます。 そこで初めて、「孤独な孤独」が報われます。そしてこの時が「幸せ」を感じる瞬間です。 僕が思う、ダンサーが社会に対して貢献する方法は、向き合った人の心の「鏡」に映る時です。ですから、一人では決して「生きる」ことは出来ません。 これは、意外とダンサーでなくても同じなんじゃ無いかなぁ?? なぜなら、人は必ず「誰かに必要とされたい」と、心のどこかで思っているはずだからです。 僕はダンサーとして、社会に生きている人たちの心の中の「鏡」に、なるべく多くのモノ・コトを映したいと思っています。それが、社会への「貢献」に繋がると信じています。

まとめ

自分なりのプロダンサーとしての生き方、人生観について語ってみました。人の数だけ、生き方があって、可能性がある!その気持ちを新たにしたジンでした。