0→1をつくるプロダンサーJIN

【プロダンサー】他人と比べられることってネガティブ??

プロとして舞台に立つと、人生は180度まるっと反転します。常に人から尊敬され、友達からは誇りに思われて、家族からも応援して貰えます。そんなあなたの姿を見て、夢に破れた心無い人は嫉妬と妬みの視線で自分と比べようとしてきます。 隣のライバルのダンサーよりも、一歩前で踊りたい。私の方がラインが綺麗なんだから、目立って当たり前。自分の方が先にダンスを始めたんだから、絶対に負けたくない!!! なのに、 真面目でチキンな性格の自分を、もう3年以上も変えられない。人よりも努力家で、毎日朝から晩まで上手くなることを考えているのに、上手くなる実感が湧いてこなくて焦る。 僕は昔、そんな呪いに掛かっていました。

他人と比べられるってネガティブな事だと思いますか?

背が高い、低い、太っている、痩せているetc…

人って滅茶苦茶違いがあって、だから、面白いと思う。

身体を比べられること

僕は仕事柄、他人と身体的に比べられる事を絶対に避けられません。

なぜなら、毎回の仕事毎に必ずオーディションと呼ばれるダンサーの集団選考に参加するから。

そして、たとえ選ばれても、身体で「比べられる」という事実は続きます。

なぜなら、

舞台で「人の前に立つ」から。

人によって、立場によって、

  • 生き方
  • 働き方
  • 考え方
が違っても、誰かと「比べられる」というのは社会を生きて行く上で誰もが向かい合うことだと思います。

僕の場合は、プロダンサーという仕事柄、それは「身体(からだ)」なんだな。

僕は、
「からだ」は唯一取り替えの効かない財産だと思っています。

ダンスの世界では、「代役(アンダーともいう)」なんてものがありますが、人が変われば作品のイメージ、匂いのような、目に見えない雰囲気のようなものががガラッと変わってしまいます。

その人にしか無い「身体」に、 その人にしか無い「精神」が宿っている からだと思います。

何が言いたいかというと、人が人を「比べた」時に見ているモノって、「物質」としての「変化」ではなく、「精神」としての「在り方」を捉えているんだと思う。ってことです。

 だから、他人と比べられることって実はネガティブなことじゃ無いと思う。

むしろ、違いを認めて貰うために必要なプロセスだから、ポジティブに受け止めればいいんじゃないかな??

みんな同じが良いのか?

僕は大学生になったばかりの頃、派遣のアルバイトを沢山していました。

ある日、お菓子造りの工場で、一晩中ひたすらライン(お菓子が運ばれてくる場所)を流れてくるケーキのプラスチックケースの蓋を黙々と閉め続ける仕事に就いた時のこと。

無機質(清潔さを徹底した結果かもしれません)な工場で、全く同じ形・状態の物が目の前をひたすら流れ続けるのを眺めているうちに、 僕は言いようの無い違和感を覚えたんです。

流れてくるモノの姿が「全く同じ」で「変化」が無かったからだと思います。

いくら目で見て「比べて」みても、全く同じ姿形をしていて、何一つ変わらない。 それが、その工場で求められる個人的な「精神」抜きでのパブリックな「物質」を扱う仕事で得た経験でした。 違いがないと、人間って絶対どこかで狂っちゃうと思う。

人って実は…

人間の「からだ」は「物質」だ!

ちゃんと人ってものを考えて、何が違うのかを色んな視点から見た時に思ったこと。

語弊があるといけないので、ちゃんと意味を調べます。

【物質】ぶっしつ

  1. 「精神に対して」空間の一部を占め、感覚によってその存在が知られるもの。
  2. 物体を作り上げている実質。

【体】からだ

  1. 形骸(けいがい)としての肉体。
  2. 意識・思考・活動をする主体としての肉体。広義では、動物のそれをも含める。

出典:新明解国語辞典第三版 三省堂

如何でしょう?意味としてはそれなりに分かりやすいことなんじゃ無いでしょうか?

ですが、僕を含め何人かの方はやっぱりモノとヒトは違うんじゃ無いの??って思うでしょう。

「精神」を抜きにして、ただ「物質」として両者を同じように比べてしまうことに違和感を感じるのかな?

いまの社会って、仕事でも、人間関係でも、この独特な「違和感」は常にに影を潜めている気がする。

ちょっと分かりにくいことだけど、僕が最近の社会に対して感じることです。

違うってどういうこと??

「身体」は「物質」であるということは、わかると思います。

だけど、やっぱり生きているんだから個性があって、違いもあるはず。

それって、個々の身体的特徴(背が高い、痩せている、目が大きい)ということに尽きるのでしょうか?

全く同じ身体(のように捉えらえる)双子は何が違うのでしょうか?

僕は、こういう風に理解しています。

「精神」の違いが「身体」を通して見ている人に「捉え」られている。

だから、全く同じ人間は二人と居らず、身体は取り替えが効かない。人と人の違いは、個々がどのように自分を「捉え」ているかによる。

冒頭で述べましたが、ダンサーを生業としている僕にとって「身体」は客観的に「比べて」自分の価値を決める、取り替えの効かないものです。

そして、舞台というのは常に「どう見えるのか」が全てです。

  • 身体が小さい
  • 目がちパッチリしていない
  • 太っている
  • etc…
などは、どう頑張っても生まれ持ったもので勝負するしかないのです。

だから、それぞれの生まれ持った良さを、最大限に活かすことを常に考えています。

他のダンサーとの違いを強みにするには?

自分の体にしかない強みを最大限に引き出す方法。それは、

「精神」を変えていくしか無い

と僕は思っています。

(もちろん、「比べられる」対象を変えるのもアリです。これは、環境を変えるという意味で、決して「目を背ける」わけではないので。)

精神って見えてるよ

人の「精神」は思った以上に、「身体」を通して、周りで見ている人に訴えかけるチカラがあるってことを知らない(もしくは忘れている?)人が意外と多いと思う。

ダンスの話で「代役」という言葉を出しましたが、これは演者・ダンサーっていう「身体」をまるっと取り替えて、同じ演出、振り付けを「代わりの役」の人(身体)が演じます。

見ている人は(ぐーすか寝てなければ)違いに気がつきます。それは、彼・彼女の「精神」が「身体」を取り替えたことで、より一層際立つから。

ちゃんと見てくれてる人も必ずいるから、自分の気持ちに自信を持つべきだと思います。

まとめ

人と比べられる事って、決してネガティブなことじゃない。  

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